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Welcome to my blog. This blog about my husband, Euan Craig, who is an Australian potter in Japan; about his works, making process, our life style and our family.

Euan Craig    A Potter's Life

このブログへようこそ。

陶芸家の妻、そして母である三日月こと私が綴るブログです。
オージー親父こと陶芸家の夫、ユアン クレイグの作品、制作過程、展示会や
家族との生活や色々な思いなどを書いています。

いわゆる贅沢はできませんが、
日本とオーストラリア両方の文化を取り入れたハイブリッド(?!)の生活をしています。

笑いあり、涙あり、歌あり、ジョークあり、賑やかに、
夫婦と子供たちと猫2匹で暮らしています。



ラベル 地震 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
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2016/03/12

3月11日

3月11日 14時46分
家族と黙祷を捧げました。

多くの行方不明の方々、
亡くなった方々へ
ご冥福をお祈りいたします。

5年が経ちました。


それでも、
悲しみや辛さが癒えることは難しいと思います。
色々なことを忘れることはできない。
忘れるのでなく、
その思いとともに生きていくのだと思います。

風化させてはいけない。

そして前を向いて、頑張って、
時に休んで、
また前に進み続け。

夢に向かい、希望を見出し、
たくさん笑い、生きて、
幸せになることが
何よりも報いることになると思います。


この地震災害があったから、
原発被害があったから、
原発神話が崩れ、
再生可能エネルギーへの意識が高まったよね。
と娘が言いました。

確かに、このことが多くのことに気づいたり、
考え、行動するきっかけになったと思います。

何が真実か。
何が大事か。



みんな幸せになってほしい。









2015/03/11

4年・・・






3月11日、14時46分
1分間の黙祷を捧げました。



もう4年も経ちました。
長いような、短いような・・・・。


私たちは、
新しい生活の中で頑張っています。

友との別れ、新たな友との出会い。
変わったこと、変わらなかったこと。
しなくなったこと、新しく始めたこと。

大変だったこともたくさんあるけど、
嬉しかったこともたくさんあります。

私たちは日々を生き、前に歩み続けています。

時々立ち止まり、
前に進めず、もがいている気持ちになったり、
来た道を振り返り、
ずいぶん進んできたのだと思い、
遠い先を見て、
どこに続いていくのだろうと思ったり。

自分一人だけで悩まず、抱えず、
周りの人と話すことが大切だと思います。

相手を苦しませたくないからと、
口を閉ざさないで、
話して欲しい。

悩みや苦しみを話すことで
自分の頭や気持ちが整理され、
悩みは分散化され小さくなっていく気がします。

逆に、うれしいことや幸せなことは、
人と話すと、その分増えていく気がします。


子供達はずいぶん成長し、こちらの生活にもなれ、
友達もたくさんできました。

昨日、今日と長男の高校入試でした。
この金曜日に中学を卒業します。

4年経った今、
何を感じ、何を思っているのでしょう。

子供達が家に帰って、
今晩、家族で色々話すつもりです。



同じ時を生きるなら、
笑っていきたい。



ありがとうございます。




2013/03/11

2年・・・・


14時26分、黙祷。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

どうか全ての方々に、平和と安全と安心、そして幸せを。




あれから2年・・・。

2年という月日がたっても、
地震、原発、津波、避難した事、色々な事。
風化させてはいけない。
気持を閉ざしていてはいけない。

心から吐き出すことで、
かたくなな辛い思いが、素直な思いに変わり、
少し気持ちが楽になると思う。

悲しい事、辛い事などの思いを
この日に家族と語る機会として欲しい。





以前から私たちを知る人は
家族優先で生きていること ご存じだと思いますが、

地震により、
ユアンの陶芸のキャリアよりも、
家族を優先して、
みなかみ町に引っ越した、私たちです。

何を優先するかは揺るぎません。
それが私たちの流儀です。


地震の直後、
私はノートを子供たちに与えました。
10年後の自分に、地震のこと、
色んな思い、感じたことを書いて残してあげて、と。

そうする事で、子供たちの恐怖やストレスを
吐き出させてあげたかった。

その時、末息子はまだ字が書けませんでした。
だから絵を描くように話しました。

最初は、壊れた家、割れたガラス、
地割れ、燃える家を描きました。
しばらくして、豆しばの絵を描くようになり、
少し落ち着いたように思えました。

でもその夏頃に、こども園で描く絵が
黒や茶色の絵ばかりとなりました。
以前は、色とりどりの絵を描いていたのに・・・。

その頃は、日常生活が流れていくのに、
自分だけ立ち止まっているような、
それでいて流されているような気がして、
また、多くのことが起こり、でも前にも進めず、
家族それぞれが大変な時でした。

私に子供たちをフォローしてあげる余裕がなかった・・・。

でもその後、色々なことがあり、
友人たちの手助けもあり、先が見え始め、
また先生の言葉かけのおかげもあり、
秋頃に、末息子はまた色を使って絵を描けるようになりました。

そして、小学校に入学し、
字を習い、文章が書けるようになりました。

この詩は、昨年の11月に書いたものです。

これを読んで涙があふれました。

家族であの時のことを話すきっかけとなり、
それぞれがあの時からの思いを話しました。
つらかったと素直に話すことができ、よかったと思います。

家族への思いを再確認する事が出来ました。





じしん

じしんは なにもかもくずしてしまう
じしんで いえは くずされる
かわらはこわれ、かべにはひびがはいる
まどはこわれて、いえはごちゃごちゃになってしまう
じしんは つなみをよぶ

ぼくは まけない



いえ

いえでは かぞくがまっている
たのしくあそんでくれる
ほんをよんでくれる